飯田病院の歩み

宇都宮市の中心部、 二流山の東にある赤門通りに位置するのが、 飯田病院です。 初代院長の飯田弘道は、 宇都宮高校から新潟大学医学部に進み、 同大学を卒業。 産婦人科の開業 医だった両親を昭和20年3月の空襲で失ったことが、 後に院長を高齢者医療に深く関わらせることになります。 院長の理念は『誠心誠意』、 これを職員のモット ーとして業務に携わってきました。

  • 耳鼻咽腰科医院を開業

    この時代にしては洒落たスロ ープ式の玄関、 花壇を彩る黄色のバラは、 道行く人乃の目を引きました。 学生や勤め人等の通院に配慮じて、 早朝から夕方まで診療を提供し、 患者様からの感謝の言策を励みに、 職員一同地域に貢献してきました。

    昭和32年9月

  • 耳鼻咽喉科の他に内科• 神経内科・整形外科・理学療法科・放射線科等を併設、ベッド数50床の入院病棟を開設。

    先見の明があったとされる院長の、 「これからは人生80年、 高齢者の診療・介護が求められる時代。 地域医療に貢献したい」という信念と、早くに両親を失い老後を看取ることが出来なかったという無念の息いから、病院の拡張に邁進しました。
    また、檜舞台を有した饉50畳の部屋を利用し、太極拳の先生を招き指導して頂いたり、近所のお年寄りの方々に開放して納涼会等を催すなど、楽しい時間を提供しました。

    昭和55年5月

  • 医療法人社団高砂会飯田病院に変更。 ベッドを増床

    昭和56年3月

  • 特例医療法人社団高砂会飯田病院に変更。 ベッド数を120床に増床。

    昭和57年4月

  • 平出町に特別養護老人ホーム『高砂荘』を開設。

    高齢者をバスで送迎し、 趣味の碁・陶芸・ダンス等を楽しんで頂き、昼食・入浴等も提供する、 現在のデイサー ビスの先駆けとも言える機能を備えた、 ベッド数50床の施設を開設しました。 院長はこれを『老児園』と称し、予てから構想を練っていました。これは県内でも早い段階の試みとなりました。

    昭和58年

  • その後新病棟を増設。 設備等、 当時の要望に対応。

    新制度の療養病棟入院管理科の施設基準を取得しました(栃木県第1号)。

  • 飯田弘道院長死去。 後継者として上野治彦を新院長かつ理事長に選任。

    平成6年7月

  • 療養病棟入院基本科の新施設基準を取得。

    厚生省の施設基準として、 病室における患者1人の占有面積7. 4平米が必要となり、 それを満たすため北病棟を増設しました。 増設のため、 ご近所様のご理解が必要 でしたが、 快く土地の譲渡に応じて頂くことができました。

    平成9年

  • 上野恵子新理事長の下で運営が引き継がれ、現在に至る。

    平成19年

飯田病院の歴史
  • 昭和32年9月

    耳鼻咽腰科医院を開業。

    この時代にしては洒落たスロ ープ式の玄関、花壇を彩る黄色のバラは、道行く人々の目を引きました。 学生や勤め人等の通院に配慮して、早朝から夕方まで診療を提供し、患者様からの感謝の言策を励みに、職員一同地域に貢献してきました。

  • 昭和55年5月

    耳鼻咽喉科の他に内科• 神経内科・整形外科・理学療法科・放射線科等を併設、 ベッド数5 0床の入院病棟を開設。

    先見の明があったとされる院長の、「これからは人生80年、 高齢者の診療・介護が求められる時代。地域医療に貢献したい」という信念と、早くに両親を失い老後を看取ることが出来なかったという無念の息いから 病院の拡張に邁進しました。
    また、檜舞台を有した饉50畳の部屋を利用し、太極拳の先生を招き指導して頂いたり、近所のお年寄りの方々に開放して納涼会等を催すなど、楽しい時間を提供しました。

  • 昭和56年3月

    医療法人社団高砂会飯田病院に変更。 ベッドを増床。

  • 昭和57年4月

    特例医療法人社団高砂会飯田病院に変更。 ベッド数を120床に増床。

  • 昭和58年

    平出町に特別養護老人ホーム『高砂荘』を開設。

    高齢者をバスで送迎し、趣味の碁・陶芸・ダンス等を楽しんで頂き、昼食・入浴等も提供する、 現在のデイサー ビスの先駆けとも言える機能を備えた、ベッド数50床の施設を開設しました。 院長はこれを『老児園』と称し、予てから構想を練っていました。 これは県内でも早い段階の試みとなりました。

  • その後新病棟を増設。 設備等、 当時の要望に対応。

    新制度の療養病棟入院管理科の施設基準を取得しました(栃木県第1号)。

  • 平成6年7月

    飯田弘道院長死去。 後継者として上野治彦を院長かつ理事長に選任。

  • 平成9年

    療養病棟入院基本科の新施設基準を取得。

    痺生省の施設基準として、 病室における患者1人の占有面積7. 4平米が必要となり、 それを満たすため北病棟を増設しました。 増設のため、 ご近所様のご理解が必要 でしたが、 快く土地の譲渡に応じて頂くことができました。

  • 平成19年

    上野惠子理事長の下で運営が引き継がれ、 現在に至る。

正面玄関前にて

初代院長 飯田弘道

研修会の様子

クリスマス

レクリエーション

避難訓練